13話「涼宮ハルヒの憂鬱V」

choiota2006-07-03


ここ数日、涼宮の機嫌はすこぶる悪い。

それは、いつものように俺や朝比奈さんに対して直接的に発散されないだけに、新学期のトンデモ宣言当時よりももっと性質が悪いように思える。

と言っても、もし万一それが思う存分に発散されると、俺はともかく朝比奈さんが酷い目に遭うのは必至なので間違ってもそうなって欲しいとは思わんのだが…。


俺はといえば、そんな涼宮を構ってやるほどの余裕が無かったてのが正直なところだ。


何しろ、同級生であり委員長である朝倉涼子(美少女)にごつい刃物で襲われ、危うく命を落としかけたところを、これまたクラスは違うが同級の長門有希に救われたのだが、どうやらこの二人が明らかに人間でない事を信じざるを得ない体験をしてしまったのだ。


最初に言ったように、確かに俺は宇宙人や超能力者が出て来る物語に対する憧れを結構長い事持っていたわけだが、だからと言って自分がその物語の主役になりたいって思ってたわけじゃない。なんせ俺はこれといった取り得も無いごく普通の高校生なんだからな。

せいぜい、ごく普通の無口読書好き美少女の超絶的な活躍を陰ながら応援するって役どころで十分ってとこだ。誰が直接襲って来いって言った?とぼやいても襲って来た当人は光る結晶となってこの世界から存在自体が抹消されたと来ている。

俺としては、当分この自分の身に降りかかった超常現象を消化して受け入れるだけでも結構精神的に手一杯だっていうのにな。


しかも、だ。
宇宙人の手先も、何をしに来たのか意味不明な未来人も、胡散臭さ満開の笑顔ですり寄ってくる超能力者とやらも、どいつもこいつもが「涼宮ハルヒが3年前に全てを起こした」と言ってきやがる。


何だそれは?

気に喰わん。


確かに涼宮はおかしな奴さ。
笑ってれば充分見れるツラを不機嫌に染め上げて校内を闊歩し、自分の欲しいもの、したい事しか考えてない自己中女ではある。


だが、あいつが何かを捜し求めてるのは本気だろう。
俺がとっくに諦めちまった探し物を、あいつは今でも真剣に探している。


それが判ったから、気になって声を掛けちまったんだ。


俺としては、あいつだけが知らない事を知っていたり、あいつが探している何かを自分だけが体験してるっていうのは、それだけで何だか後ろめたい気分だ。


なんら「超」能力の無い俺としては、口で言って伝わるものじゃないから、あいつが自分で体験するのを待つしか無いんだが…


そんな訳で、最終的にがっかりするだけで、絶対に見つかる筈のない朝倉の手掛かりを探しに行くのなんて本当はごめんだった。まあ、あいつががっかりするのを見たくないってのが本音なのかも知れない。


だから、あいつが探してる当の相手の癖に、自分から決して名乗り出たり証拠を見せようとはしない奴らにはあまり共感できない。

涼宮を「観察対象」としか見ていないのも気に入らん。


とはいえ、徒労に終わった朝倉の自宅訪問の後、唐突に始められた小学生の時の話に対して、気の利いた返事をしてやることは出来なかったんだが…


その後、古泉が「超能力」を見せる機会が来たと言ってきた。


「それ」はなかなかのスペクタクルだった。
もはや大抵の事では驚かなくなってる俺も流石に驚いた。


確かにあの某映画のディダラボッチのような奴は本気でヤバい感じがする。
「あの」空間が、こちらの世界を侵食するっていうのもあながち嘘ではないのだろう。


だがな、それが涼宮とどう関係があるんだ?


長門が超絶アクションとSFXまがいの世界を見せ、朝比奈さんも一応時間移動してるかに見え、古泉は目の前で赤い火の玉になって飛んでいきやがった。


それは全部俺がこの目で見たものだ。
正直、これほどの超常現象を一度に見せられて、俺の脳はかなり現実認識能力を失いつつあるのかも知れない。


だからと言って、あの『「閉鎖空間」を涼宮が生み出している』と言われて、はいそうですか、と頷くわけにもいかんだろうよ。


どいつもこいつも俺に向かって「告白」しやがって、涼宮とはまともに話そうとしないっていうやり方は好きになれないんだよ。


そんなに超常現象が得意ならお前らだけでやってくれ。涼宮がもしも本当にそんなトンデモ能力を持っててどうとか言うんなら直接話ゃいいだろ。

俺はもう傍観者でいい。放っといてくれ。


…っていうのが、古泉と一緒に閉鎖空間から帰ってきたときに俺が思っていた事だった。
傍観者どころか髪の毛一本一本までどっぷりと当事者になってるって事を思い知るのは、もう少し後のことだったのだ。