「時をかける少女」の興行形態とは?

choiota2006-11-20


スタジオジブリから、「熱風」という月刊誌(非売品)が発刊されています。

その2006年11月号は「ミニシアターは、いまどうなっているのか?」という特集でした。

「ミニシアター」というものが世に出て四半世紀を経た今、それらがどのような状況に置かれているかを、当事者の皆さんに書いてもらった、という内容です。


その中で、映画ジャーナリスト大高宏雄氏の「ミニシアター−−進化し続ける映画装置」という寄稿がなかなか興味深い内容だったので紹介したいと思います。


冒頭、大高氏は渋谷のミニシアター・シネマライズに行き、「ハチミツとクローバー」を見たが数人の観客しかおらず驚いた、という出来事を語っています。(公開11週目の平日14時台、大雨という悪コンディションではあったそうですが)

大高氏によると、「ハチミツ〜」は、7月22日から都内は3館、全国では107館でスタートを切り、最終的には115館にまで増えたそうです。

しかしながら、最終興行収入は5億2,000万で、当初目標の10億円を下回ったという事です。


ここまでは、「ああ、漫画はヒットして、アニメ・TVドラマ・劇場映画というメディアミックス展開で結構話題になったけど、映画はあまり当たらなかったんだな…」というような感想で終わってしまうのですが、これは「ハチクロ」の話ではなく「ミニシアター」がテーマの話です。

大高氏はこう続けます。

 公開にあたり、配給会社のアスミック・エースは、単館拡大公開という形を取った。これは、館内のミニシアター系映画館を中心にしてチェーン上映のような形にし、全国はシネコンも含めた相応数の上映館で公開するやり方である。単館ミニチェーン方式という言い方もされる。

アスミック・エースはこの方式で、「ピンポン」(2002年・14億円)「木更津キャッツアイ 日本シリーズ」(2003年・15億円)というヒットを上げてきたそうです。

このような単館拡大公開方式は、ここ数年のミニシアター系興行で増えているそうで、全国拡大型のチェーン方式と、都内のミニシアター1館の単館公開の中間的興行を目指したものだそうです。

これを初めたのは、松竹富士の「ライフイズビューティフル」(1999年)で、方式として決定付けたのは東宝の「ウォーターボーイズ」(2001年・9億円)だったそうです。


従来の単館公開の場合、都内興収が1億円を超えれば大成功、それを超えて全国興収では2億円程度が目安だったようです。

それが、単館拡大公開方式を使うことにより、うまくすれば10億円程度のヒットを狙えるようになった、というのが単館拡大公開方式が増えてきた要因で、配給会社はこのやり方に積極的に取り組んでいると言えます。


これは、映画館の興収だけで帳尻を合わせるために止むを得ないやり方であるとも言えます。


映画を上映するというのは、結構コストがかかるもので、広報・宣伝と全国上映でのプリントコストだけで3〜4億円、制作もしくは買い付けなどのコストを加えると4〜5億円でないと元が取れないようで、都内単館公開で1億円の作品でも、全国では3〜4億円程度にしかならないそうです。
(しかも「ヒット」した場合、の見積です)


話は逸れますが、映画の上映用プリントは高価なのでそう簡単には増やせません。

ちなみに映画のプリントは複数本のロールに分かれており、上映時に画面の片隅にパンチが入り、2回目のパンチで映写機を切り替えていました。(昔は手作業でした。最近はどうなんでしょうか?)

地方では、興行主が複数の小屋を持っている事がありますが、複数ロールに分かれている事を利用して、離れた小屋で時間差上映をしていたと聞いたことがあります。

金のかかるプリントを1本しか持たず、上映の終わったロールを別の小屋に運んで上映する、というやり方です。自転車操業ですね。
この話を聞いた当時、このプリントロールを自転車で運ぶ役目の青年を主人公にした映画シナリオを書こうとした(当然挫折したのですが)のを思い出しました

この自転車操業は、現代のシネコンでは普通に行われています。

シネコンはヒット作を時間をずらして複数館で同時上映することがありますが、あれはお客さんの為を考えた措置ではなく、上映用プリントを効率的に使う方法、という訳です。

そうやって酷使されたフィルムには傷や埃が付き、段々見苦しくなってくるので、いずれ二番館、三番館という場末の映画館に送られていく、という流れでした。(そしてポルノ映画の横でやってるような小屋で、洋画3本立1,000円みたいな興行になっていくのです。昔は良く見たもんです)


話を戻すと、大高氏の論旨は、単館拡大公開により上映館数が増えると。映画館単位で考えた場合には観客が分散し1館あたりの興収が減ってしまう、という過酷な現実が現われている、その端的な例が冒頭の「ハチクロ」の悲惨な状況である、という事になります。

さらに、個性が売りであったミニシアターが、衰退ではなく成熟期を経て新たな段階に入りつつある、という事をのべ、ミニシアターは常に進化するものである、と結んでいます。


さて、長々と引用してきたのは、別にミニシアターを偏愛しているからではなく、この「単館拡大興行方式」というのが、昨日今日始まったのではなく、映画興行的には確信犯的に行われている、という事が良く判ったからなのですね。

つまり「時をかける少女」の興行形態はどういう意図だったのか?という部分がずっと引っかかっていたからなのです。
(何しろ僕が見たときも、大高氏のハチクロ似た状況だったからです)


個人的に、この春から夏にかけては、ハルヒ時かけという旋風が吹き荒れたと思っており、しかもその伝播状況が、『極めて「Web 2.0的」であった』(キャッ、言っちゃった。赤面。←自分で書いててキモイよ…orz)と思っています。


特に気になっているのは、「制作側が、どこまで意図的に仕組んだのか?」という点で、そこらの脳天気・短絡的なWeb 2.0論ではなく、きちんと送り手と受け手の状況がそれぞれどうだったのかを把握したいと考えています。


大高氏の文章では、(ジブリの雑誌ですから)当然のごとく「時かけ」は無視されていますが、「時かけ」の取った興行手法が、単館拡大興行のデメリットを抑える効果的な方法だったのではないか、と思いました。


つまり、立ち上がりは通常の単館拡大興行と同じく「都内1館+全国十数館」ですが、ヒットしても徒に上映館数を増やさず、上映プリントを順次融通して上映(済)エリアを拡大していく、という方法です。

「単館拡大巡回興行」と言った所でしょうか。

延べ上映館数は増えますが、エリアごとの上映館数が増えるわけではないので、単館での興収は落ちません。
しかも、余計なプリントコストはかからないし、ネット上で見た人の評判は高まるのに「まだ」見れていない人がいて飢餓感を募らせ、自分のエリアに来た時に見に来てくれる…

さらに、劇場上映期間が長期にわたるため、半年〜1年後のDVD発売に際しても、大掛かりな宣伝を行うことなく再認知が可能(各エリアでの見逃し者は、ネット上の評判もあって購買意欲が高まっている)


なかなか良くできた仕組みです。コンテンツにパワーがあって滑り出しさえ上手く行けば。
っていうか、日本なんて狭い国だと思ってたけど、映画1本見るために他府県まで行くって考えると結構広いというか面倒なもんなんですね〜

時かけ」が最初からそこまで考えて興行形態を決めていたのかは判りませんが、単純な単館拡大公開よりも、さらにリスクが少なくメリットの多い方法だと思います。


本質的には、「良いコンテンツである」ことが必要且つ最大の要因であることに変わりはなく、器にばかり拘っているのは駄目駄目なんですけどね。


<参考>
市場規模が大きく違う作品のネットでの評判を同列で見るのはいろいろ見誤るんじゃない?(ARTIFACT ―人工事実―さま)

劇場アニメ「時をかける少女」のフィルムは何本ある?(極私的マンガウォッチング「B館」さま)

劇場アニメ「時をかける少女」のフィルム数が増えました。(極私的マンガウォッチング「B館」さま)

『ゲド戦記』『時をかける少女』をめぐる2つの嘘(愛・蔵太の少し調べて書く日記さま)

時をかける少女 上映館拡大中(8/8)(アニメ!アニメ!)



※「熱風」は書店などで無料配布しているほか、セブンイレブンで年間購読も可能なようです。

熱風 2006年11月号・セブンアンドワイ


熱風 2006年11月号・スタジオジブリ(Web魚拓)

熱風 2006年11月号・セブンアンドワイ(Web魚拓)