火垂るの墓

読売新聞土曜日の夕刊には「愛書探訪」というコラムがあります。
5/9は石田衣良氏が「火垂るの墓」を取り上げていました。


あるDVDを探してアメリカのアマゾンをぶらついていた石田氏は「史上最も悲しい映画」と評された作品を辿り「火垂るの墓」に行き着いた、という導入から始まり、そのカスタマーレビューをひとつひとつ読み、英語版においても作品の核心はきちんと伝わっている事をしったというお話です。


ところで、「火垂るの墓」というと、ネット上で流れている「作者の気持ち」というコピペがあります。

野坂の孫娘の国語の授業で、父の作品が扱われた。
その時問題に「この時の著者の心境を答えよ」というものがあったので、孫娘は家に帰ってから「その時どんな気持ちだったの?」と祖父に尋ねた。
祖父は、「締め切りに追われて必死だった」と答えた。

翌日のテストで答にそう書いた孫娘は×をもらった。

孫娘が娘だったりと諸説ありますが、共通するのは「悲しい物語だが、締め切りに追われて書いていたから心境など特にない」というネタで、出典は不明です。
徹子の部屋で本人が語ったという説も見かけましたが、これといって決定的な証拠は見つけられませんでした)


石田氏のコラムは、こう続きます。

驚いたのは、作者が複数の締め切りを抱え追いつめられた一日、午前六時に書き始め、午後三時に完成原稿を編集者にわたしたことだ。
半自伝的内容であるのは有名だが、実際に亡くなった妹は四歳ではなく一歳半。
『文壇』(文春文庫)で野坂はいう。
「兄の優しい心を強調、周辺の大人を意地悪に描く。兄妹は、過酷な明け暮れを憐れ健気に生きる、その細部、とめどなく文字となる。(中略)ありもしない妹の可憐な台詞が滾々と生まれ、これを耳にする兄の気持ちが桝目を埋め尽くし、溢れる。」


いや…まあ、野坂氏本人は確かに妹を亡くしてはいますが、面倒を見なければならない妹を疎ましく思い、食料をろくに与えず餓死させたのも本人だったというのは知っていたので、小説「火垂るの墓」はあくまでフィクションだとはよく知っていましたよ。


ただ、だからこそ贖罪の想いを込めてこの小説を書いた、というのも通説だったので、まさか本当に締め切りに追われてえいや!で書き上げたとは知りませんでした。
オイラの純真な気持ちを返せ!と叫びたい所です。


全く、こんな所で例のコピペの一片の真実に辿りつくとは思いませんでした。
「文壇」は読んでみないといけないなぁ…


この記事を書くために調べてみると、アメリカ・アマゾンの「火垂るの墓」カスタマーレビューについては、なかりよく知られた話なのですね。


[Review]『火垂るの墓』に対する最も参考になる米Amazonレビュー

[Review] 『火垂るの墓』に対するロジャー・エバートのレビュー


実際の米アマゾン「火垂るの墓」カスタマーレビュー



当然のことながら、締め切りに追われて書いたからといって、作品の価値には寸毫たりとも影響を与える事はありません。
火垂るの墓」は、是非とも一読すべき傑作です。

そして、数多のフィクションで心を鍛え力を蓄え、過酷で無慈悲な現実に立ち向かおうではありませんか。